いつか起業を志す20代の皆さんへ
ANRIでキャピタリストをしている太郎です(X、Note、プロフィール)
ANRIは大学生限定の起業プログラムSTARTLINE の運営を今年より開始しました。一期生には全国から130人近くの優秀な学生に応募頂き、非常に苦しみながらも10人に絞りました。この過程でたくさんの熱い挑戦者とお話しすることができ「起業」について改めて考えさせられた期間でもあったので、今回は起業を志す20代の皆さんへ文章を書いてみます。
起業が正義だとか、スタートアップにいかないと成長できないとか、エクイティ調達した人が凄いとか、そういった内容では無いです。それは違うと思うので。
伝えたかったのは「短期の苦しみの重要性」です。将来について何となく不安だけど何に不安なのかまだ整理できていない人に1人でも届いてくれたら嬉しいです。
取り返しのつかない後悔
まずは自分の人生に強烈な印象を残した思い出話しから始めたい。長い自分語りだが、興味があればぜひ読んで欲しい。
僕は新卒でパナソニックに入社した。パナソニックと聞いて多くの人が「古典的大企業」を想像すると思うが、その通りである。というよりは恐らく皆が思っているより、だいぶ古典的だ。パナソニックの朝はこんな感じでスタートする。
始業は8時半だが、すぐに働き出すわけではない。8時半になると事務所内のスピーカーからラジオ体操の音楽が流れだすからだ。僕のデスクは300人ぐらいが入る大きな長方形の事務所にあり、全員が同じ制服を着て、平均年齢は50歳近く、ほぼ男性。そのため、僕の朝は300人のおじさんとの体操から始まった。ラジオ体操が終わると、今度はパナソニックの社歌が流れ出す。全員が同じ方向を向き、低い声で一緒に歌う。毎日、毎朝。社歌が終わると、次は当番制で選ばれた一人が前に出て、松下幸之助(創業者)が残した「綱領・信条・7精神」というパナソニックの経営方針をマイクに向かって唱え、全員で復唱する。これも毎朝。それが終わると、その当番の人が日々感じている事を所感として数分話す。「皆さん今日も頑張りましょう」この一言を合図にようやく仕事開始。毎朝訪れる、外から見たら少し異常とも言えるイベントだ(ちなみにコロナ禍を経て、今はだいぶ変わったらしい)
なんでこんな話をしているかというと、別にパナソニックを貶したいわけではない。どの大企業もある意味宗教染みている。何万人もの従業員を同じ方向に向かせるのは尋常じゃなく難しい。パナは偉大すぎる松下幸之助という創業者がいるのもあり、社員言語を共通化させるのが本当に優れていた。この話はその一例だ。そのため、パナソニックの従業員は雰囲気が似ていた。真面目で、優しくて、会社に対する誇りが高く、世界中で知られているブランドを絶やしてはならないと一生懸命働いていた。3年で辞めると決めて入社し、尖りまくっていた自分でさえもパナソニックの文化に強く影響された。大げさに言うと「日の丸を背負った感覚」みたいなのは斜に構えてた僕にも少なからず芽生えた。絶句するような大企業らしいエピソードは数えきれない程あるが、パナソニックに入社したことを後悔した日は一日も無い。毎年8兆円の売上を叩き出す会社はやはり偉大だ。「大企業病」と言われるが、大企業でいることがどれほど凄いかを痛いほど感じた4年間だった。シード投資をし、年商1億円までの道のりが気が遠くなるほど険しい今、尚更これを感じる。
けどそんな会社を僕は予定通り辞める。ここからようやくこの思い出話の本題。
僕は昔からとにかく上司運が良い。こんな尖った僕を可愛がり、若手では考えられない規模の仕事を任せてくれた。多くの部署や子会社と連携する日々だったため、辞める時は一斉送信の退職メールではなく、可能な限り個別に報告と挨拶をした。少なくとも100人には個別に話したと思う。愛社精神が強くパナ一筋の職人たちに、外資系コンサルに行くと伝えたら「残念だ」と言われるのは明らかだった。しかしこの予想は良くも悪くも外れる。
「辞めます」と最初に伝えたのは一番お世話になった課長。申し訳なくて下を向いた僕へ「活躍の場を十分に提供できなくて申し訳なかった。次の職場では全力で力を発揮して」と信じられないほど優しく背中を押してくれた。この後に話した約100人も一人残らず応援してくれた。全てが予想外だったが、最大の予想外は最後に必ず言われる一言だった。挨拶を終えると、応援の言葉の後にほぼ必ず続いたのは「羨ましいよ」の一言だった。これが未だに頭から離れない。
パナソニックに人生をかけていたあの社員にも、厳しかったあの部長にも、何百億円を動かしていたあの子会社社長にも「俺も若ければ挑戦したかった」と切ない表情で言われた。「こんなに愛社精神を持てるのも一つの幸せか」と思いながら日々接していた人たちからのまさかの後悔を打ち明けられ、20代中盤の自分はなんとも言えない感情に押しつぶされた。
だからこそ「若いうちに起業だ」なんて飛躍した意見を言いたいわけでは無い。起業家という人生は全員に向いているものではないし、気軽に始めるにはあまりにも険しすぎる。ただこの時に「短期的な挑戦への向き合い方」について、深く考えさせられた。このブログのテーマはそこにある。
長期的な挑戦よりも短期的な挑戦
人生がまだ定まっていない10代・20代前半、今何をすべきかを分かっている人間は本当に一握りだ。同世代の大きな挑戦や成功を見て少し引け目を感じてる人は多くいると思うが、育った環境や若いころに出会う人によって挑戦への許容度・意欲は大きく左右される。周りが見えなくなるほど熱中する何かを見つけられるかも大きなインパクトを与える。この「若いのに凄いね!」と言われまくっているであろう人、間違いなく果てしない努力を重ねているはずだが、誤解を恐れずに言うと運の要素も大きい。成功者の多くは「自分は運が良かったんで」と思っているはずだ。
しかし、ここで理解を止めてしまうのは良くない。運はあっても、彼ら・彼女らは間違いなく「短期的な挑戦」を果敢に繰り返している。何ならこれが運を引き寄せる一大要因であり、最終的に人生・キャリアの進捗に大きな差を生む。
自分の人生に強く悩むと短期的な正解が分からないためどうしても、5年後・10年後などの長期スパンで考えがちだ。いつの日か成功している自分を妄想しては、目の前のタスクや仕事に溺れて、本来やるべきことから現実逃避する。目の前が充実すれば将来を考える頻度が減り、少し安心感も覚えてしまう。自分はその典型例だった。
ただこの「現実逃避しつつも長期的な情熱をまだ絶やしていないから大丈夫」と思ってしまう癖、継続すると取り返しがつかなくなる。「いつでもやり直せる」「何歳になっても挑戦できる」等のフレーズは全て心の底から正しいと思う。別に20代の起業や挑戦が正義ではない。ただ、20代で挑戦をせず、30代は危機感を抱きながらも挑戦をしなかった人が、40代で急に挑戦する確率は無に等しい。若いころの挑戦からの逃避は年齢・タイミングが問題なのではなく「逃げ癖の積み重ね」が本質的な問題だ。この逃げ癖が重なると前述のパナソニックの例のように「もう少し若ければ…」という後悔しても意味の無い悩みにはまり、最終的には若いころの環境や時代を言い訳にせざるを得なくなる。これは何とも悲しいが、誰にでも、何なら多くの人が直面する「取返しのつかない後悔」となる。ただ、本来は何歳であろうが挑戦は可能だ。これは本当にそう思う。取り返しがつかないことなんて殆ど無い。しかし30年近く現実逃避すると、この年齢の壁は恐ろしいほど高く感じ、今背負っている物がより一層重く感じ、今まで以上に足が止まる。これが最大の問題だ。
だからこそ、10代・20代で必要なのは大きな成功、輝かしい実績ではなく、小さくても良いから一歩踏み出したという体験だ。成功なんかいらない。前でも横でも後ろでも良いので一歩目を踏む経験が本当に人生を左右する。世の中では「やらない後悔より、やって後悔」なんていう抽象的なフレーズでまとめられがちだが、これは少し飛躍したメッセージだと思う。推奨すべきは「短期的な苦しみの積み重ね」の重要性だ。短期的な苦労・苦悩・挑戦は長期的な挑戦よりも何倍も意味を持つと思っている。長期目標などあって無いようなものだ。10年先を見据えその通りに進むことなどほぼない。そんな人がいたとしたら、これこそ強運でしかなく、本人も言語化できないし再現性も一切ないだろう。高い目標は重要だし、大きな方向性が定ってないなら一歩目を踏み出しようがない。しかし20代なら「成功したい・負けたくない」ぐらいの温度感で良いと思っている。それよりも明日何をしてみるのか、明日どんな苦痛を経験するのか、こっちの方が何倍も重要だ。
20代のうちに起業する
「20代のうちに起業したい」というのは良く聞くフレーズである(自分も恥ずかしいぐらいに連呼していた)これに対して多くの人は「起業は起業でしかで学べない。するなら今しよう」と言う。これは本質だ。起業成功率を上げる訓練は起業して何度も痛い目に合う以外は養われない。何十人もの起業家を横で見ている投資家が簡単に起業で成功できないのは、そういうことである。しかし起業したいなら今すれば良い、という議論も同じく飛躍していると思う。もちろん猪突猛進できる人ならそれで良いが、実際はアイディアも無い人の方が多い。アイディアがあったとしても、そう簡単に全てを捨てて起業できるものでもない。「突き動かす何かがあるなら、とっくに行動している」という正論を言う人もいるが、これも少なくとも僕はこれをあまり信じていない。人生はしがらみだらけであり、簡単に動ける人と動けない人は構造的に存在する。躊躇している人が将来的に成功する確率が低いかと言われたら、必ずしもそうではないと思う。必要なのはきっかけであり、きっかけとは単に小さな一歩・超短期目標をつくることでしかない。先輩起業家に会う、アイディアを10個書き出してみる、友人に相談してみる、本を読む、自分は何が好きなのか書いてみる、何でも良い。とにかく何かをしてみた人と「いつか起業しよう」と思って現実逃避している人では雲泥の差が生まれる。
しかし、この一歩目があまりにも小幅すぎて、躊躇する人も多い。「そんな小さな一歩を踏んでも何の意味もない」と思っているなら、それは大きな間違いだ。大体こんな小さな一歩から始まっている。少なくともVCをやっている僕からすると、大きな一歩を何年も構想している頭が良い人より、小さな一歩を何歩も踏んだ人の方がよっぽど魅力を感じる。なぜなら、結局起業してからは歩数がものを言う。小さなステップを踏むことに躊躇してしまう人は、起業してからも失敗を躊躇してまう。これは致命的だ。起業なんか失敗の連続でしかない。
優秀な学生が数えきれないほどいた
STARTLINEの面談を通じてたくさんの学生とお話しする機会を得たが、全員の面談が終わって唯一残った感想は「みんなめちゃくちゃ優秀だったな…」だった。日本のスタートアップエコシステムまだ発展途上ではあるが、自分が学生の時とは考えられないぐらい全員が自分の不確実な未来に真正面から向き合って挑戦している姿を見て感動さえ覚えた。多くの人に今回は不採択連絡をした中で無責任な発言ではあるが、本当に日本の未来は明るいと思った。今の20代は、圧倒的に優秀だ。
ただ、この裏で多くの悩みを抱え、踏み出せずにいる20代がいることも知っている。そんな人に一人でもこの文章が届いてくれたら嬉しい。このブログは自分があたかも成功者かのように書いているが、実際は成功とは程遠く失敗や後悔の連続でしかない。「あの時動けば良かった」「違う決断をすれば良かった」など、考え出したら反省は尽きない。ただそんな人生でも、人から見れば大したことがなくても、「あの時全否定されても動いた自分」は間違いなく存在し、その積み重ねが無ければ今の仕事は絶対にできていない。こう思えることと、一度もそう思えないのとでは、人生の充実感に天と地ほどの差がある。後悔や反省はあっても、前に進む人が一人でも多くいることが、極論すれば日本の復活・発展に大きく寄与すると本気で信じている。
ANRIでは、そんな小さな挑戦者たちを可能な限り応援し続けたい。STARTLINE以外にもたくさんのプログラムを年中実施しているので、まずは一度、ANRIのプログラム一覧を覗いてみてほしい。そして、自分の心に少しでも響くものがあれば、ぜひ一歩目を踏み出してほしい(ANRIのプログラム一覧)。いつかCIRCLEでお会いし、一緒に挑戦をできれば、これ以上ない喜びだ。

